混乱した思考のまま次々現れる急カーブを身体を傾けてクリアしていく。少し手をの伸ばせば触れられる近くをアスファルトが高速で流れて行き、彼女の方が操縦技術は上なのか差が少し広がった。
何がシフトチェンジよ恥ずかしい技名大声で叫ぶんじゃないわよ!?大体私はあんな理不尽な戦隊モノ子供のときから大ッ嫌いなんだ、何強化ぼうっと見てるのよ悪ならヒーローの変身待つんじゃないわよ、・・・・・・・ッ!?
・・・ッ反則だーーーーーーーーーーッ!
彼女は心の中で絶叫し血走った目を前方に向けた。
心境はもうパニックだ。さっき得た怒りなど吹っ飛んで恐怖が復活している。
追いつかれるかもしれない・・・!
いや。それよりも、
何!?本当に正義の味方なの!?
さっきまではまだよかった。はっきりいって生理的な嫌悪感と身の危険に近い恐怖だけで済んだ。単なる頭のおかしいコスプレ集団が危険な兵器を持っているものだと考えていたのだ。それも相当だが、
全身覆うタイツも、怪光線も、あくまでも現実だと。
しかし奴らは空を飛んだ。
バイクの暴風の中、彼女は背に嫌な汗をかく。
脳裏に浮かぶのは、鉄壁の不文律だ。
『悪は全身タイツのヒーローに勝てない。』
もし。奴らが本物の正義の味方だったら・・・ッ
自分は泥棒で犯罪者、つまり疑う余地なく悪だ。
―――つまりここが奴らの住む異空間の中ならどんな手を使ってもラスト数分で爆発四散してしまうのだ!
い、嫌だ嫌だ嫌だ!そんな死に方したくない!倒されたくない!大体私そんなに悪いことした!?余ってる所から有り余ってるものをちょっとくすねただけじゃない、幼稚園のバスを占拠して子供たちを人質にとったわけでもダム爆破しようとしたわけでもないのにーーー!
・・・いや、成功する前に必ずヒーローの介入で失敗する怪人達に比べればちゃんと成功した前科がある分罪は重いといえるのかも知れないけどっ!
――彼女が冷静なら途中で想像を止めただろう。
湧き上がる嫌な想像を振り払うために加速を入れたくても既にバイクは最高速度にノっている。
運転技術で引き離そうにもマシンの速度が違いすぎて離せない。
風音に、サーフボードの加速音が混じって段々近づいてくる。
「止まれ!そのバイクを返すんだッ!」
「返して!それがないと凄く困るのよっ!」
「レッドのバイクがないと巨大ロボが・・・!」
青い非常識と黄色い非常識と桃色の非常識が何か言っているが風音が激しく聞き取る余裕もない。
そして彼女の妄想力は自分で台詞を補完した。
『もう逃げられないぞ!』『覚悟しろ悪の手先め!』『バラバラにしてやる!』
余裕のない彼女の心はそれをそのまま真実と思い込み、更に更に恐怖が大きくなる。
ひぃーーー!
目じりの涙は一瞬で後方に飛んだ。
少しでも身を離そうと胸がハンドルに付くほど上体を倒す。
「なんでそんなに必死で逃げる!?」
『逃げられると思っているのか悪め!』
「バイク返してくれれば何もしないわよっ!」
『許せないわ悪め!爆散させてやるっ!』
「いい加減にしろ!何が目的だ!?」
『正義は我らにあり!おとなしく正義の一撃を受けよ悪め!』
山道は急な登り道に差し掛かり、重力にバイクの速度が心持下がる。
それをチャンスと思ったのか、サーフボードに再び加速音が入る。
気がつけばすぐ背後まで爆音が迫っていた。
追い詰められる事実に彼女の恐怖が爆発しかかるが高速の二輪はすぐに坂を上りきり、
唐突に視界が開けた。
瞬間、混乱しきった彼女は前輪が浮いた巨体の制御を失った。ぶるりとバイクがぶれ、比べ物にならないほど速度が下がり、
・・・あ・・・・!
もう、もうダメ・・・!
目じりの涙がさらに膨らみ、脳内で 爆発 四散 巨大化 爆発 全身タイツなどの単語が回転し、視界の端に指先まで青いタイツに覆われた手が近づいて―――――――――
音が消えた。
その瞬間彼女が感じたのはそれだった。
あれほど煩かったバイクの爆音もサーフボードの加速音もヒーローの声も何もかも消えている。
聞こえるのは速度の風音と、身の中にあるドクドクと脈打つ心音。
・・・え・・・?
浮遊感。
身はまだ速度の中にある。
とてつもない違和感。
そう、・・・バイクがない。
違和感に気がついた次の瞬間、
全身に道路に叩きつけられた衝撃。
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彼女はごろごろと数メートルを転がり、ガードレールの支柱に背から勢い良く激突した。
い・・・・ッた・・・・!
そのまま息を詰め、何かに身構えるような数瞬がある。
―――虫の音。
―――穏やかな風の音。
―――下の方から響くのは車の走行音。
恐る恐る、顔をあげる。
ジジ、と、すぐそばの街灯が音を立てた。
動きはそれだけだ。
どこまでも現実的な、静かな夜がある。
・・・・・・・・?
呆然と、あたりを見回す。
街灯と、緑の看板を掲げたポールがあり、山道を囲むガードレールがあり、
―――しかし他には何もない。
まるで幻だったというように。
バイクもサーフボードもヒーローもいない。
夢と思うには、ここに居る彼女自身を否定できなくて。
ゆっくりと視線を上げた。
緑の看板には「銀幕市」と書かれている。
向こう側に回れば、きっと隣の市の名前が見えるだろう。
どうやらここは、市の境界を越えた場所らしく、
つまり奴らは何だったのか・・・
ふとたどってきた道路を見ると、自分の戦利品を詰めた大事な大事なカバンがぽつんと落ちている。
そこは市の境を越えた、つまり銀幕市内。
衝撃に口が開いていて、いくらかの金品が零れていたが・・・・・
「・・・麓まで、歩きでどれくらいだっけ・・・・」
何故か、どうしても、それを取りに戻る気にはなれなかった。
end・・・?
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