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遊楽日記
焦らず気負わず気ままに迷走中 
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自己満足SS。由良の最初の殺人の被害者候補1と2
仕舞ったままだと終わる気がしないので一旦あげ

山もオチも意味もないし由良出ないしでロストレ関係ないです
 

 
 
 小説の中を赤い魚が泳いでいる。

 

「なんですか、このサカナ」

 白い紙面に几帳面に詰め込まれた線の細い筆跡。さらりと軽快に流れる万年筆の青いインクの合間に、全く唐突に描かれた、赤い魚。

 尾ひれや背びれには細かい管を並べたような模様が神経質に書き込まれていて、それはどこか遠くの海に泳ぐ熱帯魚の一種にも、実在しない想像上の生き物にも見えた。ただの落書きにしては力が入っている。紙面をすくいあげて縦にしても裏から透かして見ても意味がわからず、わたしは首をひねる。

 赤いボールペンで繰り返し輪郭をなぞった様子のあるそれは、手書き原稿にしては汚れの少ない紙面だからか余計に目立つ。

「んー。おまけ」

 わたしの疑問を聞き取り、作家は机に向かったまま振り向きせずのんびりとした声を返す。

「おまけ?」

「そう。おまけ。きみたちは僕の作ったものをわざわざ取りに来てくれるんだから、少しくらいサービスしても良いと思ったの」

 色素の薄い髪を秋の午後の光に透かし、背筋をぴんと伸ばして一定の速度で万年筆を繰る姿は如何にも神経質だが、それに似合わない、だらだらと子供じみた言い方だった。言っていることも掴めない。
 彼は小説家で、わたしは編集者であるから、彼の言う通り彼の作品を取りに来ているのは確かであるのだが。

「サカナを取りに伺っているんじゃありません」

 わたしは窓からの光に透かしていた魚の泳ぐ紙面を、原稿用紙の一番上に重ねて言い返す。

「何を言う。その絵も僕も作ったものの一部だよ」

「あ、わかりました。先生の空想上のお魚ですか?」

 造形から創作した生き物である、と言いたいのだろうかと得心する。編集者の立場からすれば価値のない落書きであることは変わらないが、創ったものなら彼の言い分もまだ納得できる、かもしれない。

 しかし彼はあっさりと否定した。

「いいや、実在する僕の好きな熱帯魚」

「……じゃあ、この小説に魚が関係するんですか?」

「しないよ。嵐の山荘モノだって言ったでしょ? 雨がたくさん降るから水はあるけど魚は出てこない」

「……それじゃ、他に意味が」

「ないよ」

「先生、全くサービスになっていません」

 それでは本当にただの《おまけ》だ。

「ああ。本気にしたの? なら悪いことしたな。ごめんね」

 呆れた声をあげると悪びれない返答が帰ってきた。

 そこで一区切りついたのか、さて、と息を吐いて会話の間も澱みなく動かしていた万年筆を置く。机の引き出しから薄く透けた吸い取り紙を一枚取って原稿用紙に重ね、その上に胴長の猫の形をした透明な文鎮を重し代わりに乗せると、それこそ猫のような曖昧な声を発して座ったまま伸びをした。

 可動式の椅子ごとくるりと振り向く。縁のない眼鏡硝子の奥の眠たげな榛色の目が、原稿用紙の束を抱えて憮然と座り込むわたしを見下ろした。

 不満げな気配を滲ませたわたしの眼差しに気付いたのか、眠たげな表情のまま「あのね」と言い置いてことりと首を傾げる。

「いつも血みどろーどろどろーの陰惨な殺し合いばかり書いているからたまに息抜きしたくなるんだよ。落書きくらい可愛いものでしょう。ついでに、君が驚くより先に言っておくけど、落書きしたのは最初の一枚だけじゃないよ」

「ええ……何をしてるんですか……とりあえず、自分で可愛いとか言わないでください」

 赤い魚に気を取られて確認を怠っていた原稿用紙の束に目を落とす。皺を付けないように慎重にぱらぱらと捲る。

 なるほど、確かに赤いボールペンで描かれた同じ魚が、他にもちらりほらりと青い文字の合間を泳いでいた。原稿の全てにではないが、決して少なくない枚数を重ねた小説の最後の紙面にまで、赤い魚は描き込まれている。

 何と言ったものか迷い、呆れた視線を遠慮なく作家に注ぐ。作家は硝子の奥の目を細めてふふんと笑った。どこか自慢げな様子だ。

「ええとね。サービスするつもりで作ったわけではないけどこれも僕の作品なんだよ。僕の考えた通りに原稿を並べ変えると、幻想的な海の只中の景色になるんだ。頭の中だけで想像して一枚原稿を埋めるごとに書き足したんだよ」

 すごいだろう、と無邪気に胸をはる。

 何というか、如何にも自己満足的だ。

「広げて見てみる? 僕もまだ見たことがないんだよ。ともだちに聞いたらまず一度原稿だけ読むって言い張って帰っちゃったし」

「わたしもそのお友達と同意見です。先に最初から通して読みたいです。原稿を広げて、もし事件もトリックも謎解きも一足飛ばしに犯人の名前だけ知ってしまったら哀しすぎます」

「大丈夫だよ。これハウダニットだから」

「そういう問題ではありません」

 この小説はミステリなのだ。ハウダニットだろうがフーダニットだろうが、先に真相を知ってしまった時の哀しみに違いはない。

 推理作家のくせにその辺の機微はわからないようで、彼は不満そうに眉間に皺を作った。そうすると妙にキツい顔立ちに見えるので、わたしは少し萎縮する。

「なんだ。きみも冷たいな。見てくれないならそれ返して」

 作家は不満そうな顔のまま、手のひらを上向けてわたしに突きだした。わたしはひしと原稿を胸に抱く。

「先生、困ります。わたしの仕事をなんだと思っているんですか」

「編集者でしょ? 持ち帰れないと困るよね?」

 そう言って口元を歪ませる。

「編集者の前に一読者でありたいです……」

 このだだっ子め。頑として譲らない構えの作家を前に、わたしは深くうなだれた。

  


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