(07/09/20)
ヘンリー・ローズウッドの独白。
恐らく、銀幕市内は2007年の春くらい…でしょう。
実際にそれくらいの時期に書いて出すに出せず放置(遠い目)
ヘンリーネタバレSS
屋上は随分と静かだった。
いくら暖かい気候だとはいえ、真夜中の充分温度は低い。
ヘンリー・ローズウッドは、フェンスに寄りかかって缶ビールを空けている。
飲んでいる、ではなく、缶を空にするために喉に流しているような乱暴な飲み方だ。
今、頭上には銀の満月がある。
さりげなくくすねてきたビニル袋ひとつ分、大量の缶ビールは既に半分が空で、さすがに飲みすぎたのか胸がムカつく。
ずるずるとフェンスに背を預けて座り込んだ。
足元の空になったスチール缶を鬱陶しげに蹴飛せば、カラガラと何重に空虚な音がした。
――どうやら、僕は相当酔っているらしい。
月光から顔を背け、酒気に濁った目を右手に握ったスチール缶に落とす。
…まぁ、これだけ飲めば当たり前か。
無理やり浮かべたような無様な笑みで自嘲する。
今、下は随分と盛り上がっているに違いない。
その様子を思うと吐き気が酷くなる。
何食わぬ顔でまっとうな人間のように振舞うあいつらには、ほとんどまともな過去がないだろう。
「設定」がない雑魚ばかりだ。…この僕と同じように。
それは人生と等しい思いも、過去も、他積み上げた何もかもも、無いと同じに決まっているのに、
隣の他人と乾杯。ああ無事でよかったこれからもよろしく。
平和が1番。仲間と飲む酒は美味い。
今日は頑張った。明日も頑張ろう。
違和感に吐き気がこみ上げる。
あのままあの場に居ると、何故平気だと怒鳴り散らしてしまいそうだった。
でも実際は人好きのいい笑顔で要領よく付き合いに参加。
途中で耐え切れずに抜け出した時も、確か「風を浴びてくる」だとかなんとか言ったはずだ。
…彼らは自分の映画を見たことがあるだろうか?
ヘンリーは見た。いや、一度ではなく、何度も観た。
やや古い映画だ。映画館の上映期間が終わった後は、特別話題になることもないような、映画。
特別面白いわけではなく、特別つまらないわけでもない。
そこそこ見所もあれば、何の印象も与えられず通り過ぎていくようなシーンもある。
ヘンリー・ローズウッドは自分が虚構だとまさに「夢にも思わず」奪い、騙し、暴き。
最後には自らのこめかみに弾を撃ち尽くした銃口を当てるのだ。客席のヘンリーから観ればそれはまるで喜劇のように。
ああでも、僕はあの時の思いを覚えているのに。
何を思い、何を思考し、何を感じ、何を決めたのか、覚えている。
それはそこまでの過程の結果だ。主観では三年と六日間の、客席からでは110分程度の。
全く、馬鹿馬鹿しい。
眩暈をおこして歪む視界をそのままに、新しい缶ビールのプルタブを上げた。
僕は、ヘンリー・ローズウッドは、本来ならば自分が「ヴィランズ」と呼ばれ「退治」される人種だと知っている。
そして「ムービースター」であり、「映画」の「登場人物」であり、「脚本家」や「監督」や「役者」によって作られた虚構の人物であると知っている。
本来自分は存在しない人間だと理解している。
…僕にはどんな過去があるのだろう。この得体の知れない憎しみは何なのだろう。
だからこんな疑問は無意味だ。過去なんてないのだから。
こんなくだらない疑問は、半年前まで…銀幕の中では思いもしないことで。
何度も何度も確認した思考を再び繰り返す。
機械的にアルコールを喉に流し込む。
当たり前のように何度も反芻し脳裏に刻みついた情報が浮上した。
――タイトル『ミスト・ナイト・ルール』
本編110min。監督ヒュー・レアード 脚本家ジェームス・エリック 主演・サイモン・ボイド
――僕の役者ウィリアム・ハワード
ビデオのケース裏に書かれたヘンリー・ローズウッドのレシピ。
…ああしかし、他のムービースターは自分の映画を見るのだろうか?僕より遙かに恵まれた彼らは?
ふと思い、ちっ、と汚く舌打ちした。
…他人を気にして何になる?自分の設定を必死に探している自分が虚しくなるだけだ。
映画の中の時代なら、他の人間のことなんて気にしていなかったはずなのに。
過去も知っていたはずだ。いや、気にしていなかったのだったか。
憎んでいたから、憎悪を抱いていたから、誰かの財産と命と奪っていたはずだった。
―――所詮、都合よく動かせるキャラクターでしかない。
今の僕が憎むのは監督と脚本家と役者と役柄のままのムービースターと役柄から外れたムービースターと生きている銀幕市民と。
僕を憎悪させたリオネと、それと。
確実に思考を侵しはじめた酔いを自覚し、頭上を仰ぐ。
霧のない、冴えた夜空に歪む月。
…ああ、でも。
夢を現実にするのがリオネの魔法なら。
一体誰が僕を夢見たのだろう。
......end......
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