彼について言葉で書き表すのは難しい。
写真を見せることができれば良いのだが。何度か撮った。
それが彼の全てと言い切る程の自惚れはないが、私が彼に持っていた印象の何十分の一かは伝えることができるかもしれない。言葉よりは多少マシだろう。言葉であれば正確さは更に減るだろうし、何より時間がかかる。
それでも説明を試みるなら、彼――ムジカ・アンジェロは、何というか、とてもシンプルな形をしている。
決して判り易くはない。
熱量が禊(そそ)がれている。削ぎ落とされている。余計な気負いや執着がないと言い換えてもいいが、ムジカに見えないそれらは、ふつう生きようとすれば捨てられないものだ。
一度生きる事を、それも満足して終わらせてしまったような、歪で簡潔な身軽さ。
本人には言っていないが、奇妙に思って経歴を調べてみたことがある。特別なことをしたわけではない。音楽雑誌やインターネットなどで公になっている情報を検索してみただけだ。
それによると確かに彼は私より幾つか年上なだけの(これはこれで全く別の意味で驚いたのだが)人物であるようだった。数十年数百年、存在し続けていることを誤魔化しているような気配は見当たらない。
彼は、真理数の消失や加齢の停止などという不条理とは一切無関係に、アレなのだ。
どうしてあんな人間が在りえるのか。気にならなかったと云えば嘘になる。今にして思えば、直接本人に訪ねてみても良かったのかもしれない。音楽雑誌のインタビューに繰り返し登場していた『弟』というのが関係しているのだろうか?
だが、当時の私は、踏み込みたくなかった。
元から他人への関心を持続できる性格ではなかったし、まず彼がまだ一個の存在として人間の範囲に留まっているという、それだけ納得できればそれで良かったのだ。これは彼には関係ない、とても個人的な恐怖に由来する。だから今ここで詳細に語ることは避けるが――。
……さて。これまでは私の持っていた一番大きな印象を書き連ねてみただけで、実はまだ彼について何の説明もしていない。
例えば彼は髪を年甲斐もなくコーラルピンクに染めていたし、生命賛歌を歌いあげるミュージシャンであったし、大抵のツーリストと張り合えてしまうコンダクターであったし、執着のないぶんふらふらと性質の悪い愉快犯で、何より好奇心に忠実に罪を暴き立てる素人探偵だった。
少なからず振り回されたし、付き合い易いと思えたことがあっても時々忘れて本気で殺したくなるくらい、厄介な人物だったのだ。
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