遊楽日記 |
焦らず気負わず気ままに迷走中 |
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大嫌いな人間が一人いる。
コンサート直前。
早瀬礼司(ハヤセ・レイジ)は苛立ちを表すようにカツリカツリとブーツの足で床を叩きながら、楽屋のある通路の奥を見据えていた。
気を紛らわすように何度も相棒のギターを握り直し、頭に叩き込んだメロディを反芻する。
だが、どうにも集中できなくて、
「……遅い……ッ!」
先程から何度も零した言葉を再び口にする。
同じステージに上がるメンバーと、支えるスタッフの諦観混じりの苦笑がいやに耳についた。
カツリと床で硬い音が跳ねた。
反射的に見下ろした視界の中で、黒い小袋から転がり出た真珠が黒いブーツ横で止まる。
ロザリオを引っ張り出した拍子に落ちたらしい。ひとまず自分の首にロザリオをかけると、香介はそれを拾い上げた。
―――ねぇ香介、神様ってどこにいるのかしらね
それを見て思い出すのは、聖母の名を持つ少女。
ゆらり、と真珠に光が滑る。
あの夜、手の中で虹色に見えた真珠。病理を纏っていた幼い金髪の少女の贈り物。
蛍光灯の白々しい光を受けてなお幻想的に美しく、それは未だ香介の手の中にある。
「慈悲に満ちた絶対の神などいない…らしいぜ、マリア。」
―――あの夜と違う返答をぼそりと呟いて、零れ落ちた人魚の涙を握りこむ。
閉じ込めたくなるほどの執着は、未だ見つかる気配もない。